渡邉さんは夫が携わる茶園を手伝い、自然の恵みを伝えるガイドや、神社でのヨガ指導を行っている。目指すのは、自然豊かな集落を訪れた人々が心ゆくまで心身をリフレッシュできる場所だ。

「自然の中で都会の人が自分自身を見つめ直す空間を提供できたら」と話す渡邉さん。どん底から次なる人生を自力でつかみ取ってきたが、やさしい笑顔に気負いはなく、あくまでも自然体だ。

「タイミング」の日は夫に土下座して「してください」

渡邉さんは30代半ばまでプロのサーフィン競技団体で働き、健康にも自信があった。夫とは34歳で結婚した。有名人が高齢出産したニュースを目にしては、

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「私もそっち側になれる」と信じていた。

35歳で妊活を開始。タイミング法では結果が出ず、人工授精も10回以上受けた。体外受精は「自然に逆らっている」との思いから先延ばしに。38歳で初めて体外受精を受けたが妊娠には至らなかった。

卵巣能力の指標となるAMHの測定で医師からは「閉経の数値」と言われ、自己肯定感は下がる一方だった。妊娠するためには何でもやろうと、体を冷やす冷たいものは一切取らず、漢方薬やサプリメント、神頼みと何にでもすがった。焦りや不安を自分の心に押しとどめるだけで精いっぱい。夫と話し合うことからも遠ざかり、お互いどんな気持ちでいるのかも確かめなかった。

タイミング法をめぐっては忘れられない出来事がある。医師が「妊娠しやすい」と推奨した日に向けて妻は体調を整えているというのに、当初協力的だった夫はやがてこの日を避けるように帰宅が遅くなった。ある日、家で夫の帰りを待っていると、夫は明け方になって帰ってきた。

「今日(タイミングの日)だから」と促す渡邉さんに、「俺は種馬か!」と夫は声を荒らげて怒りだした。チャンスを1カ月も逃してしまう。そんな絶望的な気持ちで渡邉さんは土下座をし、夫に懇願した。

「お願いだからしてください」

とてつもなくみじめな気持ちになり涙があふれた。