「女性たちは芸者さんたちで、当時お座敷遊びができた。目黒川沿いを芸者さんたちが歩く姿や、会社のお偉いさんたちが乗る車が夜になるとずらっと並んでいたのを印象的に覚えている。若かった私たちにはちょっと近づきがたい場所だったが、先代の父親の手伝いで、そのお座敷まで出張写真に行ったものだ」
花街の名残は五反田から消えていったが、それを最後までとどめていた旅館の土地が、事件の舞台となった。土地の所有者である元女将は事件当時72歳。事件の数年前に旅館を閉めたあとも一人で暮らしていたが、体調を崩して入退院していた。長年住む住民さえ、出会う機会が減っていたという。不動産業者なら喉から手が出るほど欲しいが、なかなか所有者と会えない土地。それは、所有者になりすましてカネをだまし取る地面師グループにとって、舞台を選ぶ際の格好の条件がそろった場所だった。
なりすまし、偽造書類の手配…複数の人を介在させる理由は?
舞台となる「土地」を見つけ、内田マイクは地面師詐欺の成否を分ける「なりすまし」と「偽造書類」の手配を進める。警察が事情を聞いた150人以上のリスト、そして裁判記録から、その手配に複数の人物を介していることが見えてきた。
例えば、なりすまし。旅館の元女将に似た人物の手配を、内田から配下の「連絡役」へ依頼する。それをまた別の「連絡役」を介して、手配師の女に伝える。この手配師は、さらに別の女性を通じて、スカウトしていた。内田から4人を介在し、選んだ「なりすまし役」は、生命保険会社で営業の仕事をしていた61歳の女。金に困っていた。この時、大元の指示役である内田の存在すら知らない。
パスポートなどの書類の偽造も、複数の役割が存在する。過去に別の地面師詐欺事件で、偽造書類のことに関係したことがあるという人物が取材に応じた。この人物は、偽造そのものは行ったことはなく、あくまでも手配役だという。しかも偽造を行う工場とも直接つながっておらず、その窓口となる別の男を介して、手配していたと明かした。
「頼んだやつ、頼まれたやつ、お互いに名前だって知っているか分からないよ。だって本名なんて言わない」
五反田の地面師詐欺でも、必要な書類や写真の受け渡しは、コインロッカーを介して、お互いに面識のない複数の人間で行われていた。
「自分で全部やったら、あからさま。すぐに警察に分かっちゃうし、みんな捕まっちゃう」




