映像の中で紹介されるのは、ウィンドウ越しに娼婦と料金や条件を交渉するシーンや、売春の具体的な方法、注意事項などのセックスツーリズムのハウツーである。また、同時に一般的な観光情報も組み込まれており、例えば運河クルーズやB級グルメのクロケットの自動販売機、運河に自転車が落ちているという「アムステルダムあるある」も盛り込まれている。これらがポップなエンターテインメントとして描かれ、例えばBGMにはマーク・ロンソンとブルーノ・マーズの「アップタウン・ファンク」が使用されている。
アダルト産業に組み込まれる性差別
すがすがしいほどに「娼婦文化は正しい大人の娯楽である」と主張している。そのメッセージは、観光ガイドという形式を借りながらも明確に伝わってくる。売春行為をめぐる価値観は、時代や社会、個人によって大きく異なる。とりわけ近代以降においては人権や倫理の観点から鋭い対立が繰り返されてきた。アムステルダムのセックスツーリズムは、その大部分が「異性愛男性」を主要な対象としており、そのため女性は性的搾取の対象とされるリスクがつねに伴う。資本主義経済のもとでの性差別の構造が、この街の観光産業の中に明確に組み込まれている。
こんなことに思いを馳せながら映像を見ていると、この主張の明確さにちょっとひるんだ自分に気がついた。ここでの常識は自分にとっても、やはり異文化だったのだ。
翻って日本社会のことが頭に浮かぶ。海外からのインバウンド観光客が日本一の歓楽街歌舞伎町を観光し、それに応じてか、街やアダルト産業もかつてよりはクリーンなイメージで語られるようになってきている。もはや日常化し、そのことに違和感を覚えたり、立ち止まって考えたりもしなくなってきていた自分にも気がつく。「赤線地帯の秘密」は私設のミュージアムだが、アムステルダムの市政方針にも適(かな)っているのだ。この街も東京でも、異文化観光はサブカルチャーを整えられた商品に設(しつらえ)ていく。