男娼は保護対象外という不平等さ
また、この展示には男娼についての記述も含まれている。男娼は公娼制度の保護対象外であり、その結果、違法な売春がゲイバーなどで行われているとされる。市の公娼制度が定める「売春」とは、シスジェンダー女性とトランスジェンダー女性による売春と、ストレート男性の買春のことと定義される、という説明がある。実はアムステルダムは世界で初めて同性婚が適法となった街でもあるのだが、同性愛者が前提となる売買春の権利は制度化されていない。これは、観光業という資本主義の論理による施策では、性自認や性的指向によって権利の平等が守られにくいということのあらわれであろう。
このように、ミュージアムの展示は、セックスワークを“安全でクリーンな職業”として描く一方で、その制度が内包する矛盾や不安定さも垣間見せている。詳細な解説でアムステルダムの売春・娼婦の現実や現状についてかなり勉強になるものの実態についての理解には疑問も残った。
公娼制度といっても、先に述べたように娼婦は大家やスカウトと一日単位で契約を交わす個人事業主である。ギグワークのような形式での労働が、他の業種同様に自己責任を問われるようなことが起こっていないか。調べてみるとやはり、そうした批判がたやすく見つかった。この街の娼婦制度に対して批判の声を上げる美術展が、その不安定さや危険性について注意喚起していた例もあった(※5)。
※5 過去にアムステルダム市博物館で行われた「NR. 1 TOURIST ATTRACTION」(Dutch Art Institute, 2010年)では、アーティストのジミニ・ヒグネットによってセックスワーカーの置かれた不平等な実態に焦点が当てられている。展示の一部はこちらで見ることができる。
客の忘れ物を展示するセクション
そもそも、娼婦博物館は学術的な歴史教育施設というよりも、赤線地帯という観光地のど真ん中で、利潤を追求して経営しているエンターテインメント施設である。当然、その特性からも娯楽性は不可欠だ。