――不思議なご縁があったんでしょうね。ただ、デビューまでは長かったですね。先生の付き人になってから3年かかったとか。

鳥羽 そう。先生の付き人として、どこにでもついていく。レッスンをしてくれるわけではなくて、全国津々浦々を一緒にまわって人生修業みたいな3年間だった。先生はテレビ出演や刑務所の慰問なんかに飛び回っていたからね。その間に、先に弟が売れ出したんだ。

「もうお前は破門にする! 田舎に帰れ!」

――先に山川さんがデビューされたんですね? 弟さんが先に上京した時、「うらやましい感情はない」とおっしゃっていましたが、売れ始めた時はどうでしたか?

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鳥羽 そりゃ、焦ったよ。弟がテレビにガンガン出てくるし、俺は先生の弟子になってから2年経ってもまだデビューもできなくて、本当に寂しい思いをしたね。だって、歌手になれる保証もないし、辞めていった人を何人も見てきたし。でもそういうのを先生には見透かされて、「焦るんじゃねえよ!」って。

――辞めて故郷に帰ろうと思ったことはないんですか?

鳥羽 一度だけ。先生の機嫌がすごく悪い日があって。地方の仕事で夜、番組の打ち上げの席で先生に理不尽にものすごい剣幕で叱られたんだ。「もうお前は破門にする! 田舎に帰れ!」って。

――何か失敗してしまったんでしょうか。

鳥羽 全く思い当たるフシがない。でも、その場にいた人たちが、「鳥羽君がサンマをお尻から食べたからじゃないか?」って。

――それだけで破門になるものなんですか?

鳥羽 でもそれくらいしか他の人も思いつかないんだよ(笑)。まあ今、思えば、先生はとても飛行機が苦手なんだけど、どうしても乗らなきゃいけない仕事があって、ストレスが溜まっていたのかもしれない。でも、当時、俺は何で怒られているのかも分からなくて、「分かりました。これでもう帰ります」って。

――本気で帰ろうとしたんですね。

鳥羽 それでまず一度、東京近郊の先生の家に戻って奥さんに「今までお世話になりました」って挨拶したの。そしたら、奥さんが「鳥羽君が憎くて先生が怒ったわけじゃないと思うよ。ストレスで身内の鳥羽君に当たっちゃったんじゃないかな。鳥羽一郎という故郷の名前をもらって、このまま田舎に帰るの? もうちょっと頑張りなさい」って。それで思いとどまった。

 

――いいバランスのご夫婦ですね。

鳥羽 今なら先生のストレスも分かるんだけど、当時は若かったしね。でも奥様も何人もそうやって帰っていく弟子をみてきたんだろうね。

――では鳥羽さんは、奥さんに引き留められなければ田舎に帰っていたかもしれない?

鳥羽 そう。今の鳥羽一郎はなかったと思う。

次の記事に続く 「立派な男になりたければ南緯45度の荒波を越えてこい」鳥羽一郎(73)が九州の元暴走族男性をマグロ漁船に乗せた“驚きの結果”

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