田園地帯に埋もれたレール
国道355号から途中で南に曲がり、農道に入ってゆくと廃線跡に並行する区間があった。
レンコン畑などが広がる田園地帯。その真ん中を、こんもりと土が盛られた廃線跡が伸びている。草が生えてはいるけれど、よく見れば石のようなものが敷き詰められているのが見える。
これ、きっとレールの下にあったバラストというものだろう。踏切道の跡には、アスファルトに埋め込まれたレールも残っていた。
廃線沿いの農道に、「この先の踏切は道幅が狭いので迂回しましょう」といった内容の標識が立っていた。「玉里村」という文字もある。
玉里村は2006年に小川町や美野里町と合併して小美玉市になった。だからこの看板は、2006年以前に設置されたものなのだろう。その割にはキレイなのは、近くの人が掃除でもしているからなのかどうなのか。
農道の中の廃線跡を辿ってしばらくすると、急に町が開ける。その少し先にあるのが、常陸小川駅の跡だ。
バス停の名としては小川駅。駅舎もホームも何も残っていないが、バスやタクシー乗り場になっている広場はいかにも駅前ロータリー。
その一角には大きな倉庫を持った通運会社があった。鹿島鉄道現役時代、沿線の農産物などを運んだのだろうか。
常陸小川駅の跡から国道に向かってまっすぐ伸びる駅前通り沿いには、もう営業はしていない古い駅前旅館もあった。
この一帯は旧小川町の中心部。そしてここからは、霞ヶ浦に沿って南に進む。国道355号とつかず離れず、いまもホームが残っている小川高校下駅跡などを見ながら、廃線跡の奥には茫洋たる霞ヶ浦が広がる。






