代替バスにも“消滅”の危機
ちなみに、鹿島鉄道廃止から3年後の2010年には百里基地が官民共用になり、茨城空港が開港している。廃線跡のバス専用道には、石岡駅から茨城空港に向かうバスも走る。
というよりも、代替バスが小川駅からルートを変えて、茨城空港に向かっている。いまではこちらのほうが運転本数が多いくらいだ。
さらに、今年の4月には玉造から鉾田に向かう区間のバスが廃止になるという。もともとすでに1日数本にまで減っていたから仕方がないとはいえ……これでは鉾田の人たちはとても困ってしまうのではなかろうか。
鉾田駅の跡地は、関東バスのロータリーになっている。かつてはそこにあった駅舎も姿を消し、朽ちたホームがそのままにされているだけだ。鉄道公園として整備する計画もあったが、車両を近くの温泉施設に移して保存するにとどまった。
この鉾田駅跡の東側に広がっているのが、鉾田の中心市街地だ。その中を15分ほど歩いて抜ければ、鹿島臨海鉄道の新鉾田駅が見えてくる。
1985年に開業した、比較的新しい駅だ。これに乗れば、鉾田の人は40分ちょっとで県都・水戸へ。だから、玉造や石岡に通じる路線バスの必要性は、さほどなくなっているということなのだろう。
運転本数の少ないバスに乗ったこともあって、新鉾田駅に着いたときにはすでに夕暮れ。学生や外国人などでそこそこに混んでいる鹿島臨海鉄道に乗って、水戸へ向かった。気がかりは、この新しい鉄道も通らず、バスも削減される玉造町。タローの故郷は、これからどうなってしまうのだろうか……。
撮影=鼠入昌史
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