湖畔にあった終着駅

 1926~1928年まで終着駅だったこともある浜駅は、霞ヶ浦湖畔の駅のひとつだ。駅の跡と思しき場所には記念碑も設置されていた。

 
 

 が、駅の敷地や廃線跡にはソーラーパネルが敷き詰められて、それ以上に痕跡はたどれない。浜駅では開業当時、ほんの4年ばかり霞ヶ浦の舟運と連絡していたこともあったという。

 
 

 そして、浜駅のひとつ先が玉造町駅だ。

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駅跡付近に“まさかの光景”が

 浜~玉造町間で、鹿島鉄道は小さな丘を越えている。草むして埋没しかかってはいるものの、その痕跡は丘をくねくねと上り下りする道沿いからもよくわかる。

 
 
 

 丘を越えて平地に出れば、すぐに細い川を渡河。鹿島鉄道の橋もしっかりそのまま残っていた。

 

 ところが、玉造町駅の跡にやってくると、そこはすっかり形を変えていた。駅跡の東側はバス乗り場を兼ねた広場に、西側は住宅地に。

 
 

 広場のトイレの向かい側、線路敷き跡との間を隔てる柵に、「鹿島鉄道」とうっすら読める看板が取り付けられている。

 

 ほんの20年前にはここに駅があった、などとはなかなか信じがたいほどに姿が変わっている。

 玉造の町は、この駅跡から南に向かう駅前通りのその先に。古い商店街が残る県道116号沿いだ。

 

 もともとは古くからの農業地帯だったが、鹿島鉄道が開通したことで行方郡(現在の行方市)の玄関口となり、市街地も形成されたのだという。

 

 いわば、この町は鉄道ありき、の町というわけだ。鉄道が消えて20年。商店街にも閉じた店が目立つ。これから先はどうなってしまうのだろうか。