大ヒット映画『国宝』の劇中に登場する赤い橋の正体は、かつて“浅草花やしき”に次ぐ日本最古級の遊園地へと人々を運んだ「玉手橋」だった。
閉園から約30年が経ち、現在は市営公園となったその場所に、往時の痕跡は残っているのか。園内に残る怪しい階段やコンクリートの残骸から、かつて子どもたちが熱狂した遊具の正体に迫る。
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公園の中央入口に残った“痕跡”
玉手橋から歩くこと10分ほどで公園の中央入口に到着した。私は入口を見るなり、とても嬉しくなった。入場ゲートが完全に遊園地だった。
入場者を歓迎するアーチ、カラフルなテント、入場券を売っていたであろう窓口、全てが当時のままに見える。期待に胸を膨らませてゲートをくぐり、喜び勇んで園内を歩き回る。
ゲートから少し進むと、何かがあったような広場と大きな建物が見えた。園内図には“のりもの広場”と記載されているが、乗り物の姿はない。
広場の片隅には撤去された遊具のレールと列車が見える。最近までこの広場で走っていたのだろう。建物の中を覗くと、屋内型の有料遊具が置かれていたが、現在は閉鎖されていた。




