上部にあるコンクリートの遺構までまだ距離があるが、案内板はプラスチック製で比較的新しい。これらのことから、昔は山の斜面を滑り下りる長めの滑り台があったが、後に下半分だけを改修して再利用していたのではないかと想像する。いずれにしても新たな遺構を発見することができて、有意義な探索となった。
かつての遊園地は子供たちの遊び場に生まれ変わった
早朝から探索していたが、気がつけば夕方が迫っていた。探索し足りなかった私は大阪に滞在し、翌日も園内を歩き回った。すると、地面からはみ出している鉄道のレールを発見した。谷に張り出した物置きか、あるいは簡単な展望台のようなものがあったのかもしれない。その骨組みにレールが使われていたようだ。レールの刻印があれば作られた年代などが分かるのだが、見つけられなかった。河南鉄道や大阪鉄道で使用されていたレールなのではないかと想像するだけでも楽しい。
映画『国宝』をきっかけに玉手橋を再訪し、玉手山遊園地の痕跡を探すべく2日間にわたり歩き回った。それはとても楽しい時間で、新たな発見があるのも嬉しかった。私自身の思い出が詰まった遊園地ではないが、幼少期に遊園地で遊んだ記憶が重なり、とても温かい気持ちになった。
全国各地の遊園地が減少してゆくなか、玉手山遊園地の閉園もやむを得ない流れだったのだと思う。その後、公園として利用され、園内には多くの子供たちの姿があった。遊園地は閉園したが、今もこうして子供たちの歓声が聞こえるというのは、とても素敵なことだと思う。
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