幻となった乗り入れ計画

 城北線は枇杷島~勝川間を結ぶ路線で、1991年に開業した。そもそもは枇杷島~瀬戸間を結ぶ計画の国鉄瀬戸線をルーツとして、1976年に工事が始まっている。

 

 ただ、国鉄が解体されてJR東海が発足すると、完成後に枇杷島~勝川間を引き受けるはずだったJR東海がそれを渋った。開業後に建設費を返さないといけない仕組みだが、それに充分なほどの乗客が見込めない、というのが大きな理由だったようだ。

 最終的に1991年に子会社に運営させる形で開業したが、予定されていた電化もされずに非電化のまま、さらに勝川駅での中央線への乗り入れも見送られた。

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 結果、中央線勝川駅とは少し離れた場所に、城北線勝川駅が生まれることになったのである。

 

 その後、2009年には中央線勝川駅の高架化が完成する。そのとき、勝川駅は城北線が乗り入れることができるような構造で建設された。

 それが、ホームとホームの間のナゾのスペース。空中写真を見れば、城北線の高架化がそのまま伸びれば中央線勝川駅の真ん中に突っ込めそうな構造になっているのがよく分かる。

 

 が、結局それから10年以上、城北線が中央線勝川駅までやってくることはなかった。