銀魂ってこういう作品だったのか、と、2月13日に公開された『新劇場版 銀魂 -吉原大炎上-』を初日に劇場で見ている間、ずっと驚いていた。
何を今さらとファンに呆れられるのを承知で書けば、福田雄一監督の実写版『銀魂』を見ていたから、『銀魂』という作品の設定やあらすじを知ってはいるつもりだった。SNSや動画サイトでは銀魂アニメや原作マンガの切り抜き動画があふれ、常に話題になっている。だから知らず知らずのうちに、原作やアニメに本格的に触れないまま「銀魂を見たような気分」になってしまっていたのだ。
実写版を見ただけでは『銀魂』の味はわからない
しかし今回の新作を劇場で見ている間ずっと、自分は銀魂のことを何も知らなかったんだな、と思い知らされていた。ネットで一年中バズっている「銀魂のギャグやパロディ部分」を集めた切り抜き動画はいわば、エビカレーのエビだけをすくいとって回転寿司の小皿で回しているようなもので、カレーの本当の味はわからないのだ。
まず実写版の銀魂の記憶と比較して驚いたのは、坂田銀時役の杉田智和、志村新八役の阪口大助、神楽役の釘宮理恵という万事屋三人組の声のリズムとハーモニーである。神楽の特徴である「~あるよ」「~ないね」という口調は、釘宮理恵がセリフにつける絶妙な緩急によって、外国人の未熟な発音のものまねというよりもはや、関西弁やウチナーグチのように独自の美しいリズムと抑揚を持った「神楽弁」に昇華されている。
実写版の小栗旬、菅田将暉、橋本環奈という当代の人気俳優によるビジュアル再現は素晴らしいものだったが、アニメ版の杉田智和の低音域、阪口大助の少年的中音域、釘宮理恵の高音域が交差する会話はリズミカルで、ギャグの面白さ以上にまるでジャズバンドの即興演奏を聴いているような心地よさを感じてしまう。
だがそれ以上に引き込まれたのは、原作者・空知英秋によるストーリーテリングの巧みさである。
火災シーンがないのに、なぜ「吉原炎上篇」と名付けられたのか?
今回映画化された『吉原大炎上』の内容は、2008~2009年に公開された原作・アニメの「吉原炎上篇」の映画版リメイクである。その名の通り、今回の映画では真選組が密造薬物を焼き払う「炎上」シーンが描かれるが、実は過去の原作・TVアニメ版には火災のシーンは存在しないのだ。それにもかかわらず、2008年の単行本25巻の巻末広告にはすでに「吉原炎上編 クライマックス」と次巻予告のコピーがある。
ではなぜ、火災シーンがない原作の段階からすでに「吉原炎上」の名が付けられていたのか。

