多くの人が想起するのは1987年公開の五社英雄監督による実写映画『吉原炎上』だろう。遊郭映画ブームを起こした作品であり、東映の岡田茂社長が「今でもうちの財産だ」と自著で振り返るほどの名作として邦画史に刻まれている。では、『吉原炎上』のオマージュだから「吉原炎上篇」と名付けられたのかというと、むしろその逆に見える。

五社英雄監督による映画『吉原炎上』(Amazonより)

 2004年から2021年にかけて少女漫画誌「MELODY」にて連載されたよしながふみのマンガ『大奥』は、『吉原炎上』と同じ東映が関西テレビと組み昭和の時代に放映したテレビドラマ『大奥』を男女反転させて、痛烈な批評性を持たせた。原作者・空知英秋が似た意図をもって『吉原炎上』の名を冠したかは不明だが、1987年の邦画『吉原炎上』と、2008年に少年ジャンプで描かれた「吉原炎上篇」も鮮烈なほど正反対なのだ。

 五社英雄監督の『吉原炎上』が昭和の日本社会にセンセーションを起こしたのは、何よりもまず有名女優たちのヌードが理由だった。名取裕子、西川峰子といった著名な女優たちが遊郭の男性客と、時には女性同士で演じる激しいベッドシーンが話題になり、劇場には観客がつめかけた。

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 五社英雄監督の名誉のために書き添えておけば、2022年に週刊現代が設けた『吉原炎上』に関する座談会の場で、激しい場面を演じた仁支川(西川)峰子は五社英雄の娘である五社巴を前にして、五社監督は撮影の場にあっても主演助演を問わずに女優を守ってくれる監督であったこと、「俺の女になれば次は主演だ」と口説いてきたのは当時の映画界のドンであった別の人物であり、五社監督はその人物に対して激しい反感を抱いていたことを率直に語っている。

 だがそれにしても、明かされる撮影現場のハードさも含め、日本映画があまりに女優に対して過酷であった時代の作品であることは間違いがない。

 一方、銀魂の「吉原炎上篇」に登場する遊郭の女たちは肌を見せない。少年誌、テレビアニメの規制があるのはもちろんだが、同じ『銀魂』でも他の回では、海辺のシーンでビキニの女性キャラクターが出てきたりという描写はある。

 だがこの「吉原炎上篇」に限っては、メインキャラクターはもちろん役名のない背景の遊女たちにいたるまで、うなじから肩のラインを見せるようないかにも吉原的な描写があえてないのだ。「百華」と呼ばれる和服に覆面の女性戦闘集団を束ねる女性首領・月詠の衣装も片腕片足のスポーティな露出どまりである。これは少年誌、テレビアニメの規制というより、明らかに原作者とアニメスタッフが「吉原炎上篇」に限ったコンセプトとしてとして統一しているように見える。

月詠 アニメ『銀魂』公式Xアカウントより

女の業を描く『吉原炎上』と男の業を描く「吉原炎上篇」

 正反対なのは肌の露出だけではない。昭和の『吉原炎上』で描かれた、遊女同士で客を奪い合ったり、足抜けした遊女を同じ遊女が折檻するという「女と女の闘い」は、のちに作られる遊郭ものの定番となる描写だった。しかし銀魂の『吉原炎上篇』は、吉原桃源郷の番人である月詠とその配下である「百華」の女たちが、遊女を監視する存在のように登場する序盤から、連帯と蜂起の物語に中盤で鮮やかに反転する。

 また、昭和の『吉原炎上』は「男に捨てられた遊女が精神に異常をきたし、裸の胸を振り乱して男を求め、泣き狂いながら死んでいく」という展開で、女の業を描いたとして高い評価を得た。一方『銀魂』が吉原を舞台に描くのは女を求めて狂う「男の業」である。