大西 普通は、天人に支配されて嫌なんだったら、天人倒すぜっていう話になるじゃん。

 

空知 だってそういうのを排除できないじゃないですか。例えば、今も日本に外国からたくさん人とか来てるけど、出て行って下さいって話じゃないじゃないですか。そうじゃなくて折り合ってうまいことやってかないといけないでしょ?

 2009年10月に『銀魂』を特集した「クイック・ジャパン」86号の編集者との座談会で、空知英秋はそう答える。「銀魂の世界の状況って現代に似てません?」と自ら語るように明らかに政治的、構造的な物語を描きながら、それを思想的に決着させるのではなく、混沌とした現実の日常に着地させる物語を彼は好むのだ。

『クイック・ジャパン86』(Amazonより)

 今回の映画『吉原大炎上』でも、まばゆい太陽に目がくらむような女性解放劇を描きながら、ラストは解放された吉原が現代の風俗街のような胡乱さを帯びたまま日輪たちが生きていく結末で終わる。「どっかの街とそっくりある」とつぶやく神楽に「そうだな 俺たちの街と何も変わらねえ 下品で凶暴で優しくて冷たくて 涙も笑いもお天道さまもある ただの普通の街だ」と銀時が語る言葉は、そのまま『銀魂』についての自己批評でもあり、少年マンガ論、エンタメ論にもなっている美しい結末だ。

 性産業、性労働を肯定するのか否定するのかは、学者やフェミニストの間ですら意見が割れる問題だ。この結末に対して、性産業をなしくずしに肯定していると批判する論者はいるだろう。だが答えのないまま、銀時や神楽たちが猥雑な街で生きていくラストは、とてもまぶしいものに思えた。

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『鬼滅の刃』吾峠呼世晴に与えた影響、受け継がれる“魂”

「空知先生お疲れ様でした。少年ジャンプに原稿を送るきっかけは銀魂でした」

 少年ジャンプで『銀魂』が最終回を迎えたとき、『鬼滅の刃』を連載中の吾峠呼世晴がそうコメントをよせていた。今回リメイクされた映画のクライマックスで、「吉原炎上篇」が『鬼滅の刃』に与えた影響をあらためて感じた観客もいたのではないかと思う。それは太陽の光の表現や一対多数のラスボスバトルといった見えやすい部分だけではなく、キャラクターたちの魂の部分も含めて、作家から作家に受け継がれているように思えるのだ。

 受け継がれていくのは、声優たちの魂も同じかもしれない。テレビシリーズで初代日輪を演じた櫻井智は、2016年に声優をいったん引退し、井上喜久子に日輪役を引き継いだあと、今回の映画の製作発表の数日前にこの世を去った。

 今回の映画『吉原大炎上』では、日輪太夫の源氏名に合わせ、繰り返し「女性と太陽」のイメージが重ねられる。日輪のみならず、クライマックスで反旗を翻し蜂起した月詠と「百華」の女たちを前にして、坂田銀時が「太陽なら上がってるじゃねえか、そこかしこにたくさん」と全ての遊女たちを太陽になぞらえる時、平塚らいてうの「元始、女性は実に太陽であつた。真正の人であつた」という青鞜発刊の辞を連想しない方が難しいだろう。たとえ作者の空知英秋がそれを声高に明言することがなくても。

 その日輪太夫を演じた櫻井智のデビューはいわゆる「アイドル声優」ブームのさきがけであり、象徴的存在として脚光を浴びた分だけ偏見の目も向けられた。

「先日、宮崎駿さんがおっしゃってました。アニメ映画を作る時の、若い声優さんの声がだめなんだそうです。(中略)その子の役を一般の人たちから募集してテストしてみたら、ほとんど娼婦の声なんだそうですな」

 司馬遼太郎が井上ひさしとの対談『国家・宗教・日本人』で発したこの言葉は、「娼婦の声」というどぎつい単語だけが独り歩きし、若い女性声優の揶揄に長く使われた。「私たちは多彩な声をもっているのに、その声を使わせないのは脚本を書くあなたたちや、甘い声を求める観客ではないか」と言い返せる立場は当時の声優にはなかった。

 だからこそ、幽閉された遊女から「真正の人」になり牢獄を打ち破る日輪を演じた櫻井智の力強い声は、作品にとっても大きな意味を持っていたし、その魂は今作の井上喜久子にも引き継がれている。日輪、月詠、そして百華隊という鮮烈なキャラクターたちは今後も多くの観客を獲得するだろうし、「吉原炎上篇」は何度も再演に値する名作だと思う。

アニメ『銀魂』公式Xアカウントより

 2月13日の公開記念舞台挨拶のライブビューイングでは、坂田銀時を演じる杉田智和がこの『吉原大炎上』という作品が持つ特別な意味を客席に伝えながら、新しい観客たちに『銀魂』を伝えていくことを望む言葉があった。「たくさんの声を伝えていってください。世俗も、肉欲も」。それは『閃光のハサウェイ』の予告編をもじったギャグとして記事になったが、声優たちの言葉の通り、世俗と理想、冗談と真剣、フィクションとメタフィクション、正しさと美しさを自在に行き来しながら権威を求めない、空知英秋という作家の凝縮された本質がこの映画にはあるように思える。

 客席に制服の高校生の姿も見えた。原作はすでに大団円を迎えているが、『銀魂』そして空知英秋という稀有な才能に出会う若い世代はこれからも増えていくだろう。その時に新劇場版としてリメイクされたこの『吉原大炎上』は、「銀魂だったらこれを見てよ」と勧められる「新しい入口」になるのではないかと思う。

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