「入社3週間で『持ってみるか?』と言われてやらせてもらったんですが、全然できなくて。マグロは、『一丁』って呼ばれる高く売れる部位に身をつけなきゃいけないのに、下手だから、安価な中落ちの方に大事な身を大量に残しちゃうばかりでした」
利益を大きく損なう失敗に、時には宮下店長から「本気でやらねえんだったら帰れ!」と怒号が飛ぶこともあった。
前編に記したが、李奈さんは学生時代、自身の父親と仲たがいをしていた。父親の怒鳴り声が「すごく嫌だった」という彼女からしたら、年上の男性上司の宮下店長からの叱責は恐怖だったに違いない。
それでも、彼女は食らいついた。「女性だから」「未経験だから」などと理由を付けてマグロを触らせないのではなく、失敗しても挑戦させてくれる。その環境に感謝する思いが、恐怖に勝ったからだ。
「どんなに怒られても逃げない、負けない。私は必ずやれる人間だ」
学生時代の成功体験が、彼女を一回り強くさせていたのかもしれない。覚悟を決めた李奈さんは、文字通りイチから水産業界に向き合ったのである。
「魚をさばいたことがないし、魚の種類もわからない」彼女が考え出した“戦略”
技術がない自分が今、会社に貢献できることは何か。彼女が目をつけたのは、泥臭い仕事と、手薄になっていた店頭販売だった。
「魚はさばいたことがないし、魚の種類もわからない。だから、排水溝の掃除やゴミ捨て、アラの処理など、みんなが嫌がることを率先してやりました。『あいつ、頑張ってんな』って、分かりやすく伝わると思ったんです」
当時、店舗の前で行っていた一般客向けの販売は、1日の売上が伸び悩んでいる状態だったという。そこで李奈さんは、前職のデザイナー経験を活かして、商品のポップを手作りした。
次に、商品を買ってくれた客の顔と名前、特徴をノートにメモし、「この間はありがとうございました!」と声をかけるようにした。
また、客に提案できる知識を増やそうと、懇意にしている築地の飲食店の女性に、魚料理を教わった。自分の作った料理をタッパーに詰め、翌日、売り場で顔見知りの客に「この前おすすめしたコハダを酢じめにしてみたんですけど、よかったら試食しませんか?」と提案した。
ここには、李奈さんなりの戦略があった。それは、お店、そして自分のファンを作ること。
「お客様だと、いつかは買ってくれなくなるかもしれない。でも、ファンになってもらったら、ずっと買ってくれるはずだと思ったんです」
骨に身を残さず綺麗にさばく技術を身につけた
通り一遍の接客とは真逆のアプローチをするうちに、彼女が築地の店頭に立つと、客の方から声をかけてくるようになった。もともとの明るい性格も奏功し、彼女の接客は客の心を掴んでいった。
日ごろの彼女について、宮下店長に話を聞いた。
「通りかかるお客さんに『お魚、いかがですか?』じゃなく、『今日、お昼ごはん、食べましたか?』って聞くんです。慣れたスタッフでも、なかなかそういう声かけはできない。人の懐に入るのがうまいなぁって思います」




