メディア利用の功罪
これまで好意と同情をもって描いてきた徳仁天皇夫妻だが、私とてそのすべてを手放しで賞賛するつもりはない。即位後の様子を側聞するに、批判されるべきところもあると思う。
その一つが「遅刻の癖」だ。行幸啓に際しての皇居の出発や訪問先での「お出まし」が、予定よりも数十分程度遅れることが頻繁にあると聞く。
その理由は定かではないが、まず雅子皇后の出発の準備が遅れ、徳仁天皇と二人でいる部屋に入って出発を促すことが、周囲の誰にもできない状況なのだという。
徳仁天皇即位後は雅子皇后が多くの公務をこなしているため、メンタルの調子が相当上向いていると見られがちだが、実際にはそれほどではなく、依然として調子に「波がある」のだとの指摘も耳にする。したがってこうした要望は本人には酷なことなのかもしれないが、周囲の多くの人々や奉迎者を待たせ続けるのが常態化している現状は、問題視されてしかるべきだろう。こうした状況を徳仁天皇が改善しようとせず、ひたすらに「ガード」しているのだとしたら、それは「妻を守る」態度が行き過ぎているととられても仕方がないのではないか。
もう一つは、記者との関係性に変化が生じつつある気配である。何度も触れたように、明仁上皇夫妻は皇太子時代から情報発信に熱心で、記者に対してさまざまなエピソードを提供してきた。その風潮は、令和になった今でも変わることはなく、「上皇職」は、夫妻の日々の様子を事細かに知らせている。つまり、「報じてほしい」ということだ。徳仁天皇夫妻はこれまでそうした傾向とは無縁とみられていたが、最近では側近による定例のレクチャー前に、その内容について細かな指示をするようになっているという。