ハマギクのケースで言えば、この写真が選ばれたのは、夫妻から被災地に向けた明確なメッセージだったと思う。ホテル関係者が感激したであろうことは想像に難くないし、被災者全体にとっても、大きな勇気を与えられる物語だっただろう。

 天皇や皇后が自分たちとの思い出を大切にしてくれることは、天皇が象徴する国や国民そのものが、自分たちのことを忘れていないということを、明確に連想させてくれるからだ。

令和も「美談の提供」は続くのか?

 天皇や皇后が見られ続ける「平成流」を大事にするなら、国民とのふれあいのエピソードを発信し続けることが重要な条件になる。重ねた交流の記憶を再び国民に還元し、繰り返し思い出させることで、記憶を定着させる。それは計算された上での象徴天皇のありようだったと言えなくもない。明仁天皇と美智子皇后は、宮内庁と側近をよく統御し、数々の物語を提示し続けることに成功したと、私は思っている。

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 しかし、こうしたやり方を徳仁天皇夫妻が「踏襲」するかどうかは別問題だ。令和の時代にそうした「美談の提供」をあえて国民が求めているとも感じられないし、恣意的にメディアを利用するようなことは、何よりも徳仁天皇夫妻には似合わないように思えてならない。

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 美智子さまの前で徳仁天皇は“蛇に睨まれた蛙”と評する声も⋯⋯天皇家の「特殊な親子関係」とは? 続きは以下のリンクからお読みいただけます。

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