“日本の終わり”は避けられるか

 この時の成功体験から日本は翌年、PKO(国連平和維持活動)法を成立させる。同年、停戦直後のカンボジアに初の陸上自衛隊の実動部隊、600名の施設(工兵)大隊を派遣したのを皮切りに、2017年に南スーダンの部隊が完全撤収するまで25年以上、PKO派遣を続けた。

 なお、実動部隊の派遣は現在ないが、南スーダンには現在も司令部要員として自衛隊員が派遣されている。そして不肖・宮嶋は、自衛隊PKO派遣において取材皆勤賞の、唯一の日本人となった。

2016年、横須賀市内のホテル。ペルシャ湾派遣25周年記念式典ののちの祝賀会にて。皆当時の肩書の名札を着用。左から福地建夫海幕人事教育部長、鈴木宗男外務政務次官、落合畯第1掃海群司令(派遣部隊指揮官)、岡部文雄海上幕僚長。鈴木宗男氏は外務政務次官として現地まで落合1佐の激励に向かった。

 さらに1991年の掃海部隊派遣を皮切りに、この海域にはインド洋での給油給水作戦派遣部隊にも3度同乗し、世界一の猛暑と恐れられるアフリカ、ジブチの海上自衛隊活動拠点にも3度訪れ、アデン湾での海賊退治や周辺海域の情報収集活動に従事する航空部隊や水上部隊にも同行してきた。また今回、イラン革命防衛隊の標的にされたバーレーンの多国籍軍統合司令部にも2度取材に訪れたのである。

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 アメリカがベネズエラやイランで行った軍事作戦は、たしかに「国際法違反」である。だが、石油備蓄が日に日に目減りし、日本の“終わり”が近づいているのも事実である。

 イラン革命防衛隊によるホルムズ海峡の事実上の封鎖に、我が国はどう対応すべきなのか。一刻も早い決断が求められている。

撮影=宮嶋茂樹

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