昭和30年代には新婚旅行の定番スポットに

 ところが、大正時代に入ってついに1925年、現在の熱海駅が開業する。さらに1934年には熱海から三島までを貫く丹那トンネルが開通し、東海道本線の途中駅になった。戦後の1964年には東海道新幹線までやってくる。

 戦争の時代を挟んで約40年ほどの間に、熱海は急速に交通の便が高まったのだ。そして、一気に東京から気軽に行ける行楽地として定着していった。

 

 昭和30年代には新婚旅行の人気行き先となり、昭和40年代以降は社員旅行をはじめとする団体旅行のメッカとなった。

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 大型の旅館やホテルが海沿いに建ち並び、中心市街地には大歓楽街が形成された。昭和の昔、大都市近郊の温泉地ではよく見られた“奥座敷”、いわゆる歓楽街温泉というヤツだ。

 いまのように若い女性グループが町を散策するような温泉地とは違う、ストリップやキャバレーのネオンを煌めかせる、ザ・昭和のおじさんの温泉地、といったところだろうか。1970年前後、熱海には年間500万人以上の観光客が訪れていたという。

 

今でも残る昭和のおもかげ

 そんな“昭和の温泉街”の面影は、いまの熱海にも充分に残っている。

 行列のできる店が集まる駅前のアーケードを抜け、急な坂道を下ってゆくと、15分ほどで海沿いの市街地に出る。駅前があまりに賑わっているから錯覚してしまうが、本来の熱海の中心はこちら側だ。

 山から海に向かって糸川という小さな川が流れ、その近くには熱海銀座という商店街。ここにもいくつかは行列のできる店があるようで、駅前ほどでなくても人だかりができている。

 

 ただ、本質的にはこちらは“昭和の商店街”。昭和レトロの雰囲気を残した一角もあちこちにあるし、糸川沿いはかつての特飲街(風俗街)だ。

 さらに海に向かって下ってゆけば、数こそ少ないものの風俗店も何軒か残っているし、花電車が名物だというストリップ劇場も健在だという。

 つまり、熱海という町は昭和の歓楽街温泉の色をもいまだ残しつつ、それでいて若い人たちが好むような行列のできる商店街やリゾートホテルを設えた町なのである。