「トンデモ本」ゆえに訴訟も
なにしろ、本の中でグールドは、八雲を、宗教も道徳も誠実さも持たない、欲望に支配された存在として全否定。さらには、自身が眼科医であるとして「近視の詩人」という章を設けその文学を眼精疲労の産物と医学的に「診断」までしているのだ。
[George M. Gould, Concerning Lafcadio Hearn (Philadelphia: George W. Jacobs & Co., 1908). Project Gutenberg.]
こんなとんでもない本が許されるはずもなかったようで、一雄によればグールドがミッチェル・マクドナルド(米海軍の主計官で横浜グランドホテルの主要オーナーでもあり、八雲の文学遺産管理人)に訴訟を起こされ、世間からも非難を浴びて人知れずどこかに移住したという。
このほかにも、一雄は、伝記を書いたニナ・ケンナードにも嫌悪している。八雲の異母妹、アトキンソン夫人(一雄にとっては叔母)へ送った書簡を基に伝記を書いた人物だ。八雲の死後、叔母達と一緒に来日してセツや家族に面会。さらには出版の際には叔母を通じて為替を送ってきたという。
ビスランドは“唯一無二の理解者”
そもそも、八雲とは折り合いのよくなかった叔母に取り入って書いた伝記である。しかも、為替に添えた手紙には「雑費として支出せぬように願います」とか恩着せがましいことが書いてあったもので、セツがヒステリーを起こしたとも一雄の著書『父小泉八雲』には、書いてある。
現代でも、著名人が死ぬとSNSに、自分がいかに関わりがあったか書き連ねる恥知らずは絶えないが、それは当時も同じ。八雲の死をビジネスチャンス、自分が世間から注目される手段のごとく考える者は絶えなかったのだろう。
それらに比べると、ビスランドは唯一無二の八雲の理解者であり、セツとも上手くやれた女性であった。
ルポライター
1975年岡山県生まれ。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。著書に『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)『おもしろ県民論 岡山はすごいんじゃ!』(マイクロマガジン社)などがある。
