ちなみにこの時番組を、韓国のケーブルチャンネルENAだけでなく、日本テレビと組んで地上波放送したことには驚いた。日本の地上波放送を通じて既存K-POPファン以外への認知度を底上げする狙いがあったのだろう。BoA(現在はSMから独立)や少女時代を日本でもヒットさせるなど、K-POPの日本市場進出において間違いなく“先駆者”であったSMが、他社がすでに実行済みの施策に手を伸ばすとは。自社の成功メソッドを捨てて、謙虚に変化しようとしているのが見てとれた。新たな戦略を象徴する出来事だった。
「そもそも日本人中心のユニットは必要?」困惑や反発も
しかし、こうした方向転換と、SM初のサバイバルオーディション番組は、初めから手放しで歓迎されたわけではない。
「他社の後追いでサバイバル番組をやるなんて」
「そもそも日本人中心のユニットは必要?」
“ピンクブラッド”と呼ばれる古くからのSMファンの間では、そんな困惑と反発の声があった。
追い打ちをかけるように、「もしNCT内に日本向けユニットができるなら必須メンバーとなるはず」と言われていた日本人メンバーの1人・ショウタロウがNCTを卒業(その後RIIZEとして再デビュー)。プロジェクトは逆風の中でのスタートとなったのである。
BoAらを驚かせたユウシの実力
そんなファンの不安を実力で黙らせたのが、「NCT WISH のデビュー確定メンバー」として登場したユウシだった。練習生として12歳から積み上げてきた努力、歳月の重みが醸し出すオーラ。SMのダンスディレクターがユウシを“逸材”と呼び、後にグループのプロデューサーとなるBoAやヘチャン(NCT 127)ら、事務所の先輩たちが彼のダンスに目を見開いたのは、単に「上手だったから」ではない。SMが30年かけて築き上げてきた「理想の形」を完璧に体現していたからではないか。
そんなユウシとともに“デビュー確定メンバー”に選ばれたのが、圧倒的なビジュアルと、多国籍なメンバーを一つにまとめ上げる包容力を持ったシオン。さらに、オーディションから、過酷なサバイバルを圧倒的なスター性で勝ち抜き、1位でデビューを決めたリク、SMの系譜にふさわしい歌唱力を持つメインボーカルのジェヒ、そしてグループの持ち味である“清涼感”というアイデンティティを象徴するリョウとサクヤが加わった。かくして日本人4名、韓国人2名で結成されたNCT WISHは、2024年2月、SM初の日韓同時デビューを果たした。



