過去には作業員の死亡事故も
浸水が「以前の話」として語られているのは、地下河川が増強されたからだ。弦巻川が暗渠化された雑司ヶ谷幹線に加え、都は1989(平成元)年度から10年以上かけてもう1本の地下河川「第2雑司ヶ谷幹線」を建設した。それでも不安を抱く住民はいる。「昨年のようなことが起きたら雑司ヶ谷もダメでしょうね。だって、そもそも路上にたまる雨が下水道に呑み込めないじゃないですか」と言うのだ。「昨年のようなこと」とは2025年9月11日、目黒区で1時間に134mmが降るなどした豪雨のことだ。同区から品川区に流れる立会川などで洪水が起きた。
リスクはそれだけではない。下水道は汚水が硫化水素を発生させるため、メンテナンスが必須だ。もし損壊したらどうなるか。埼玉県八潮市で2025年1月28日、下水道上の県道が直径40mも陥没し、トラックが転落して男性が亡くなった事故は記憶に新しい。
雑司ヶ谷幹線では内部を樹脂で被覆するなどして老朽化対策を行ってきたが、その際に不幸な事故が起きた。2008(平成20)年8月5日、作業をしていた男性5人(49歳、44歳、38歳、31歳、29歳)が流されて亡くなったのだ。急な豪雨になり、逃げきれなかった。
現場付近では雨が降り出してからわずか十数分後、降雨強度(1時間続けて降った場合の雨量)が80mmを超える豪雨になったことが分かっている。この事故は社会に衝撃を与え、都だけでなく、政府も調査報告書をまとめて注意を呼び掛けた。同報告書には全国で発生した32件のヒヤリハット事例が掲載されている。雑司ヶ谷幹線事故の3年前には、広島市でも52歳の職員が亡くなる事故があり、経緯が詳しく記された。現場は幅80cm・高さ80cmの下水管。出口では20cm上がれば地表だった。急な豪雨になり、職員は上半身を外に乗り出して逃げようとしたようだ。同行の職員も体をつかんで引っ張り上げようとした。が、流れが激しすぎて呑み込まれた。水深は約40cmだったという。「水」の威力がどれだけ凄まじいか。
東京都は雑司ヶ谷幹線の事故後、一滴でも降ったら、資機材を放置して即刻退避するなどの対策をまとめた。「一滴」という基準に注目が集まったが、「それだけ事故に対する社会の目は厳しく、二度と人命を失うまいという決意の現れでした」と元職員の一人は振り返る。

