このエリアでは地下水が豊富

 その先は雑司ヶ谷幹線の上を区道が走り、かつての流路もほぼ同じだ。明治通り(都道)を渡ると、雑司ヶ谷に入る。ここからが弦巻通りだ。

 少子化で統合された旧雑司谷小学校の脇では二宮金次郎像がフェンスに囲まれていた。平安時代に創建された法明寺の敷地には石橋に使われていた石が横たえてある。鬼子母神(きしもじん)がすぐ近くに見える。くねくねとした区道になり、東京音楽大学と付属高校の間を通る。浸水が多かったと言われているエリアだ。磯田さんは「マンホールがぷかぷか浮いたこともあります」と話す。

旧「雑司谷小学校」の二宮金次郎像がフェンスに囲まれていた(豊島区、弦巻通り横)

 雑司ヶ谷は「谷」なので地下水が豊富だったようだ。会長の音羽さんは「以前は豆腐店が多かったですね」と振り返る。磯田さんが引き取り、「地下水を使うと豆腐が美味しいというので、井戸水が使われていました。祭りで神輿を担ぐとのどが渇くでしょう。豆腐屋さんが井戸水を出してくれていたんです」と説明する。川崎さんも「豆腐店のおじさんが『水はボンボン出てくる』って言ってたもんな」と感慨深げだ。

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 少し歩いた先になるが、商店主が「この辺は湿気が多いんですよ。隣のマンションが建て替えられた時、『地下を凄く水が流れていて、抜くのが大変だった』と聞きました」と話していた。

地下水が豊富な土地なのだろう、井戸から水が湧き出ていた(文京区)

 その近くには水がちょろちょろと流れ出している井戸もあり、90代の女性が「いつ掘ったか知らないけど、自然に出ているのよ。今はもう何にも使ってなくて出ているだけ」と教えてくれた。