同じ業界に自分の子がくるのは「わかっちゃうからいやだなって」
――笠原さんもお父さまが料理人で、息子さんがいらっしゃいます。息子さんには小さい頃からなにかそういう流れをつくられましたか? 料理人になってもらおうとか。
笠原 うちの親父もそうだったように、やりたきゃやればいいし、なんとも思わなかった。「賛否両論」はしょせん俺が勢いでつくった店だから、俺一代で終わっていいと思ってたし、跡を継いでほしいとかぜんぜん思わなかったな。逆に、まったく継いでほしくないわけではないけれども、同じ業界に自分の子どもがくるのは、いろんなことがわかっちゃうからいやだなっていう気持ちのほうが強かった。こわいじゃないですか。
村田 いろんなことがわかっちゃうというのは?
笠原 たとえばうちの息子がまったく違う業界に、仮に広告代理店に入ったとします。僕は広告代理店で働いたことがないから、どういう仕事をするかもよくわからないし、うちの息子が仕事ができるのかできないのか、そこまでわからないじゃないですか。出世すれば仕事ができたのかな、くらいで。
でも、もし料理人になったら、恐ろしいくらい全部わかる。「うわ、だっせ、こいつ(料理の)センスねえ」とか。それがこわかったから、「積極的には来なくていいよ」って言ってしまってた。料理界もそうですし、ある程度親が有名で、その業界で影響力のある方だと、嫌でも比べられてしまう。芸能界の二世タレントとか、スポーツ界もそうですし、「あれは親よりすごくなったな」「あれはいまいちだな」とか、素人でも言いますよね。
村田 あー、比べられがちですね。
「知らない」ということはいいときもある
笠原 だから俺、思ったの。奥さまの実家を継ぐっていうだけでも、どんな業界でもすごいなと思うのに、それが日本を代表する料亭で、しかも京都出身でもないのに京都で働いて、そのうえまったく料理と違う仕事をしていた。もうすごいじゃないですか、ハードルが。月に行くみたいな話ですよね、僕からすると。
村田 たまーに思いました。月に2回くらい、「俺なんでこんなことやってんのかな」って思うことはありました。これはたらればなんですけれども、もしこういうかたちに僕の人生なってなかったら、いまどうなってたかなっていうのはちょっと、妄想しちゃいますね。いまになって思うと、なにも知らなかったからできたことといいますか、ある意味勢いでいけたのかなと。知っていたら、無理だったかもしれない(笑)。
笠原 「菊乃井」の存在も知らなかったって、知っちゃってたらね、僕なんか到底びびっちゃって、まったくできなかったと思う。インタビュー記事を読ませてもらって、「知らない」ということはいいときもあるんだなってすごく思ったし、逆に、中途半端に料理もしていなかったから、わーっとスポンジのように吸収できたんじゃないかなと思うんですよ。へんな料理知識とか、くせがないから。

