意地で走ったホノルルフルマラソン
村田 あーそうですかー(恐縮しながら)。
笠原 それがすごくいい方向にいったんじゃないかなって思った。僕も昔、初めてフルマラソンを走ったときに、ホノルルマラソンを走ったんですけど、それまで一回も走ったことがなかったんです。
村田 一回も走ったことない。
笠原 20歳のときに地元の同級生たちに誘われて、海外に行ったことなかったから、楽しそうだなと。「景色がいいからあっという間に走れるよ」って言われて、なんの練習もしないで、勢いで行って、もう死にかけたの。でもそれは、何も知らないから行けたの。もし中途半端に陸上とかやってたら、フルマラソンはちょっと練習して行かなきゃとか、たぶん思うでしょ。
村田 完走されましたか?
笠原 俺だけ完走できなくていやな空気になるのは避けたかったから、意地で完走しましたよ。こんなくだらない話でたとえたら失礼かもしれないけれど、知らないと意外とそこに飛び込める、というのはあるんじゃないかなと思って。
村田 本当におっしゃるとおりで、ちょっとでも知っていたら、言い方はよくないんですけど、人間ってズルしようとすると思うんですよ。なんていうんでしょうか、いいとこ取りだけしようと僕はしちゃっていたかもしれない。いま考えると、なんにも知らないほうが、根性を出せるというか。あと、(「菊乃井」では)たくさんの人が働いているので、へんな目で見られたくないという気持ちもありました。
笠原 あー。
村田 そこに対する負けん気じゃないですけど、失礼がないようにしないといけないという気持ちはありましたね。従業員のみなさんや、調理場のメンバーにしても、僕はあくまでみんなが毎日毎日仕事をして築き上げたなかに突然ぽんと入るので、そこに対する礼節というか、失礼があってはいけないし、真摯にやらなきゃいけないし、というのが6割7割。あと3割4割は、へんなふうに見られたくない。途中で入ってきたからこの程度だろ、みたいに思われるのもいやでした。
助けてもらい通しで10年が経った
笠原 男の意地でいえば、あいつなかなかやるじゃねえかって言わせたい。
村田 そのあたりのバランスが逆転していたら、たぶん僕は潰れていたと思います。いま振り返るとそんな感じです。
笠原 それは知晴さんがなんだかんだいって肝が据わっているというか、気合いも根性もあるからですよ。こんなにきちんと続けられるっていうのは、人間がきちんとしているということ。それに尽きますよ。
村田 あとは結婚しちゃったんで逃げ場がないっていうのも……。
笠原 もう逃げ道なくなったぞってね。どんどん外堀から埋められて、覚悟を決めるしかないですよね。
村田 ほかに道がなかったのかもしれないです。いろんな人たちに助けていただいて、店の人たちにはもちろん、京都という土地柄も特殊で、同じ代継ぎのご主人たちからアドバイスをもらったり、助けてもらったり、引き上げていただいているので。内からも外からも、もういろんな人たちに助けてもらっている。助けてもらい通しで10年が経ったという感じです。
文 中岡愛子
撮影 志水隆/文藝春秋
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