精神疾患に陥った兵士は60万人以上…「心を病んだまま見えなくされた兵士」の存在

 調査によって、「戦傷者」と国家に認定された兵士のうち、戦争トラウマ(当時の呼称で言えば「戦争神経症」など)と見られる人々の一端が、ようやく世間に提示されることとなった。パネル展示「心の傷による労苦」のコーナーが同館に設けられたのである。

 筆者も見学したが、正直、展示は、実にささやかなものだった。それでも、ある文句は目を引いた。昭和13年、陸軍省医務局医事課長による貴族院での発言。

〈欧米軍に多発致しましたる戦争神経症なる精神病は幸いにして一名も発生致しませぬことは、皇国民の特質志気の旺盛なることを如実に示すものでありまして、皇軍の誇と致す所であります〉

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 実態と全く異なる発言というほかない。強兵揃いの無敵皇軍に、心を壊した兵士など見えてはならなかったのだ。実際は、アジア・太平洋戦争勃発後、後半4年間のうちに精神疾患に陥った兵士だけでも60万人以上にものぼったと見られている。

 このうち旧国府台陸軍病院(統合失調症や双極性障害の患者を収容した千葉県市川市の軍病院)などで、治療を受けることができたのは、氷山の一角、わずか1万人ほどという。なんらかのケアどころか、その存在さえ認められなかった、「心を病んだまま見えなくされた兵士」がやはり、大勢いたのである。

写真はイメージ ©アフロ

父も家族も心が壊れてしまったのは、戦場で傷ついた「戦傷」

 厚労省の先の調査にしても、全容究明からは遠い。調査対象は「しょうけい館」所蔵の資料に限っている。ほかに糸口となる調査資料はないわけではない。

 帰還兵たちが傷病恩給申請時に使った「症状経過書」(負傷した場所や発病の時期、生活状況などを記し各都道府県に提出した書類)というものがあり、原本が総務省か国立公文書館に、控えが全国各都道府県に現存していることが京都新聞の調査で分かっている。

 開示はまだ一部の自治体にとどまっているが、家族会は、こうした資料へも調査を拡大してほしいと求めている。国は、戦後80年が経過して因果関係の判断が難しくなっていることや予算不足を理由に実施していない。

 石松さんも見えなくされたままだった。そもそも、父本人も、自分たち家族も、手や足を失ったのではなく、心が壊れてしまったのは、戦場で傷ついた「戦傷」だと思い至ることもできなかった。したがって戦後、なんら治療も恩給も受けられず、前述通り、困窮の暮らしに沈んだままだったのだ。

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