「父がしたことを一切許してはいない。ただ…」“当事者”としての藤岡さんの想い

 美千代さんは父がしたことを一切許してはいない。ただ、無駄死ではなかったのだと証明しようとしている。父は、自分から壊れたのではなかった。

 戦争トラウマの兵士から家族への連鎖は、この国のあちこちで同時多発的に起きていたのに、世間からは見えなかった。傷は今も残っている。美千代さんも、成人してからも何度も暴力を受けたトラウマから、フラッシュバックが起こった。

 戦争は、戦闘が終わっても次世代にまで引き継がれ、終わらない。このことは、どこに責任があるのか、美千代さんは、「当事者」として、それを明らかにしたいと父に誓っている。

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藤岡さんの父・古本石松さん。写真は19歳頃、海軍航空隊にて(藤岡美千代さん提供)

被害と加害が入り組んだ地獄の構造である戦争

 最後にもう一点、筆者として記しておきたいことがある。

 元兵士はこうして、被害者といえる場合もある一方、「加害者」もまた大勢含まれていることである。中国大陸や東南アジアなどへの侵攻時、残虐行為に手を染めた兵士は多い。戦後、その罪の意識が頭をもたげてきて、戦争トラウマへと至ったケースも多数あったろうと推測される。

 余談だが、筆者は日頃、盛り場を徘徊していろいろなことを書いている。本稿を書き進めながら、とある歓楽街の老マスターの嘆きを思い出した。

 彼は昔、酔っては戦場の話をしあう男たちの話を筆者にしてくれた。男たちは、元兵士であった。飲むうちにだんだんと目がすわってきて、大陸で犯した残虐行為の数々を武勇伝のように語ったという。多くは、背広を着た身ぎれいな老紳士たちだったと。

 昭和の終わりごろまで、世間には見えないようにして、夜の街でひそかにこんな会話が繰り返されていた。聞いていて本当にいやだったとマスターはため息をついていた。今思えば、男たちは酔って他人に話すことで、精神の均衡を保とうとしていたのかもしれない。

 被害と加害が入り組んだ地獄の構造が戦争。戦後何十年も抱え込まれたトラウマを解きほぐし、総括することは容易ではない。戦争はそう簡単に終えることができない。それなのに今また、始める準備をしはじめている気がしてならない。

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