退院して1ヵ月後には全国巡業に出ている。そこには借金を返さないといけない事情もあったらしい。その後も放射線治療を受け、がん再発の可能性は低いという目安となる5年を迎えられた。だが、この間、手術や治療の影響もあり、声がだんだん出なくなっていく。59歳になった1997年にステージで歌っていたところ、あきらかに声の調子がおかしいと感じた。歌の心を伝える情感がまるでないのだ。こんな味もそっけもない歌を客に聴かせるくらいなら、歌手をやめるべきだと絶望した彼女は、その日、家に帰ると一人泣き続けたという。

 それでも翌日には気持ちを切り替え、もしこれで歌手として終わるのなら、最後に何かできることはないかと考え、ボイストレーニングを受け始めた。それまでは、若い頃に音楽高校でクラシックの発声法を勉強したというプライドもあり、ボイストレーニングを勧められても頑なに拒んできたが、そのプライドをかなぐり捨てて再起をかけたのである。そのかいあって、やがて芯のある声が戻ってきた。

スタッフが金を持ち逃げ

 しかし、60代に入って、またしても声が出なくなるほどのショックを受ける事件に見舞われる。翌年に歌手生活50周年を控えた2003年、それまでずっと信頼していたスタッフから仕事のことで罵詈雑言ともいえる言葉を浴びせられ、そればかりかコンサートの出演料を持ち逃げされてしまったのだ。おかげで島倉は家を処分する覚悟まで決めなければならなかった。声が出なくなったのはそのストレスからだった。

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 すでに加齢から体力が落ちていたところへ精神的なショックが加わり、しばらくは立ち直れずにいた。だが、やがて、徹底的に何かをやってそれでもだめだったら歌手をやめるしかないと、このときも覚悟を決め、ボイストレーニングはもとより、日舞と洋舞にも初めて本格的に取り組んだ。これが楽しくて、コンサートで披露しようと思いつく。体を動かすことで気持ちがストレスから離れ、しだいに声も少しずつ戻ってきた。