「涙を流しながら、笑って生きていこう」

 こうして迎えた2004年10月の50周年記念リサイタルでは「これで完全」と思える声が戻ってきたという。島倉いわくその理由は《人生も歌も50%で生きていこう。涙を流してもいい。涙を流しながら、笑って生きていこう。そう決めたんです。不思議ですね。途端に、ストレスで飛んだ声が戻ってきた》(『ゆうゆう』2005年3月号)。彼女は完璧主義者ゆえ、自分の思いどおりにいかないたびに落胆し、自縄自縛に陥っていたきらいがあった。それが出す力を半分に抑えたおかげで精神的に楽になったのだろう、調子を取り戻したようだ。

 50周年を機に、応援してくれる人たちへの感謝の気持ちから、日本各地をまわって人々の顔を見ながら歌いたいと思い立つ。それまで生バンドでしか歌わないという姿勢を貫いてきたが、人里離れた場所までバンドを引き連れていくのはとても無理とあって、こだわりを捨てて、カラオケも採用しながら各地を巡る決心をした。

 2004年には、NHKが紅白歌合戦の出場歌手に関する視聴者世論調査を紅組と白組それぞれ上位15組ずつ発表、島倉はaikoとBoAに挟まれて14位に入り、本人も大喜びで8年ぶり35回目の出場を果たす。結果的に最後となった同年の紅白では「人生いろいろ」を歌った。このころの島倉は歌番組だけでなく、テレビのクイズ番組やバラエティにも引っ張りだこで、突飛な発想をする天然キャラで人気を集めていた。

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島倉千代子『LOVE SONG』(1995年)

 かねてより「私は演歌歌手じゃないと思っている」と言っていた島倉は、ポップスやフォーク畑のミュージシャンにも積極的に楽曲提供を依頼している。1995年には小田和正が作曲、詞は島倉と共作して「あの頃にとどけ」をリリース、同年のアルバム『LOVE SONG』には小田のほか南こうせつ、吉田拓郎、平松愛理、根本要、奥居香(現・岸谷香)らが作曲者に名を連ねた。2003年から06年にかけてはシンガーソングライターの山崎ハコがシングル曲を連作している。