「軍官民共生共死」「戦陣訓」「皇民化教育」などは教育によって戦争の前から準備されていた。教育を受けた者であればあるほど国家や為政者に都合のいいような思考を持つ身体として飼い慣らされ、果ては自らの命を国のために投げ打つまでになってしまう。「お国のために」という思考の浸透は、やがて戦時体制に反対する声を封じ込め、自ら進んで戦争協力さえするようになる。その結果、戦場で夥しい数の無惨な死者を出すことになってしまった。
過去の過ちを繰り返さないはずだったのに
このような戦前の社会や教育のあり方に対し、大いなる反省を基に始まったのが戦後社会だった。それは戦前の価値観を否定し、新たな社会のあり方、教育のあり方を模索することだった。これまで何度も指摘され言い尽くされてきたことではあるが、何度でも繰り返し思い出す必要がある。これらを現在の状況へと再接続させ、批判的に捉え直していくことが必要不可欠だ。
しかし、現状を鑑みるにそれは十分ではないように感じる。
ここ10年のうちに集団的自衛権行使の容認、土地規制法、閣議決定された安保関連3文書など、十分な議論が尽くされぬまま、重要法案が決定されている。主権者の権利と安全に関わることが、主権者の預かり知らぬところで決められていく。それらを後押しするように、南西諸島の自衛隊配備、有事を想定した住民参加の避難訓練、自衛隊の地域活動への参加、ブルーインパルスのパフォーマンスなど、日常的に住民と軍隊が「一体」となる機会が増えつつある。様々な合わせ技によって悲劇が起きた沖縄戦と同様に、今まさに新たな合わせ技が作られているような気さえする。
「気づいたら戦争に反対できる空気ではなくなっていた」
多くの戦争体験者が口にする言葉だ。戦争を生き延びた体験者たちは、なぜ自分たちはそれを回避できなかったのかという問いを自らに差し向け続けていた。自分の体験や後悔を証言集や証言映像に残すことによって、生き残ったものとして責任を果たしたいと願う体験者は多い。その責任は 同時に、自分の子や孫たちが生きる未来への責任まで含まれている。自分の体験談を読んでもらい見てもらうことを期待して、未来を生きる私たちに問いかけている。その意味で、現代を生きる私 たちは戦争の記憶を書き残した体験者たちに呼び掛けられているのだ。沖縄戦におけるガマの中での住民被害については書けばキリがない。これらに関しては私がいうまでもなく様々な記録、証言、研究書などが多数あるので、そちらを参照されたい。