1953年、青森県の新和村で家族7人を惨殺した24歳の三男。凄惨な事件に日本中が震撼したが、裁判で下されたのは「まさかの判決」だった。

 釈放された男はその後、実家のリンゴ農園を継ぎ、結婚して地元の顔役にまで上り詰める。司法の判断と、男のその後とは? 鉄人社の文庫新刊『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』よりお届けする。(全2回の2回目/最初から読む

写真はイメージ ©getty

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「父親や長兄に撃ち殺されるかもしれない」

 小屋の中で、鉄次は猟銃と実弾を見つける。もし盗みに来たことがバレたら父親や長兄に撃ち殺されるかもしれない。

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 その恐怖が殺意へと変わるまでに時間はかからず、彼は猟銃に実弾数十発を装填し、物置小屋に隣接する実家に押し入る。 

 まずは就寝中の父親(同57歳)の頭部を撃ち殺害した。

 その後、長兄の長男(同7歳)、別の部屋で寝ていた長兄(同35歳)と彼の妻(同33歳)、長女(同5歳)の布団の中に銃口を入れ至近距離で射殺し、最後に祖母(同80歳)と伯母(同61歳)を撃ち殺す。

 唯一優しく接してくれた祖母の遺体は特に損傷が激しく、頭部と顔面が粉砕されていた。