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現場から、長兄の次女で鉄次の姪(同3歳)の焼死体が見つかった。この火災が鉄次による放火なのか、こたつの掛け布団からの発火か、猟銃を発射した際の火の粉によるものか、原因はわかっていない。
「責任能力の有無」が裁判の争点に
自首を受け、警察は鉄次を緊急逮捕した後、身柄を国家地方警察弘前地区警察署へ移送。尊属殺人罪・殺人罪・住居侵入罪で起訴された鉄次の裁判は事件から約1ヶ月半後の1954年2月1日から青森地方裁判所弘前支部で始まった。
罪状認否で鉄次は「父や兄への恨みは持っていたが、初めから殺すつもりはなかった。猟銃を見て『父に殺される』と思い、先に殺してしまおうと決意して侵入した」と供述。また、甥や姪、祖母、伯母に対する殺意はなく、彼らを殺したということも知らないと主張した。
争点は鉄次の責任能力だった。果たして、犯行時、彼が正常な意識を持っていたのか否か。そこで裁判所は4回にわたり精神鑑定を実施。
結果は「飲酒して酔っていたため、味噌を盗みに入った時点で心神耗弱状態にあり、かつて自分を虐待した父や長兄の姿が頭に浮かんだことで『父を殺さなければ自分が殺される』と思いついて犯行に至ったが、この時点では突発的な感情性朦朧状態にあり、心神喪失状態だった」というものだった。