「竹下が田中邸に日参して、きっちりと詫びを入れること。それが手を引く条件だ」――。
竹下登を攻撃していた日本皇民党の稲本総裁は「ほめ殺し」作戦中止の条件について、そう語った。しかし、裏切られた立場である田中角栄の娘・眞紀子が、竹下登を家に入れるはずがない。マスコミの前で門前払いの恥を晒したくないと逃げ腰になる竹下に対し、政界のドン・金丸信がかけた言葉とは。
ルポライターの大下英治氏による『昭和・平成 経済事件秘録 誰も書けなかった「経済マフィア」たちの正体 』の一部を抜粋、昭和政治の裏側に迫る。
◆◆◆
動き出した、日本皇民党・稲本総裁への説得
北祥産業社長の庄司宗信が、渡辺から電話をもらったのはその直後のことである。渡辺は、庄司に、「ほめ殺し」の解決を、石井に頼んでほしいと伝えた。
渡辺は、いつもそうであった。身のまわりのトラブル解決でも、直接石井に電話をして依頼することはなかった。庄司を通しておこなわれた。
庄司の話を聞いた石井は、顔をゆがめた。
「竹下? 冗談じゃないよ。親を裏切るようなやつを、なんでおれが推せるんだ。おれには、そんなことは考えられない」
石井は、何度も断った。
石井は、田中角栄を脳梗塞に追いこんだのは、竹下が強引に創政会を発足したからだと見ていた。
兄貴分のために指を詰めるほどの信義に厚い石井である。竹下の行為は許せるものではなかった。
庄司は、この問題で、石井と渡辺との仲を持った。ついに、石井は、稲本の説得に腰を上げた。
石井が稲本説得に動き出したのは、10月2日であった。その昼過ぎ、四代目荒虎千本組の電話が鳴った。四代目荒虎千本組は、京都に本拠を置く会津小鉄会(現・八代目会津小鉄)の二次団体である。応接セット脇に置かれた電話は、限られた人にしか知らされていない、秘密回線電話であった。
三神忠組長が、受話器を取り上げた。
石井会長の声が、聞こえてきた。
石井は、あいさつ抜きで、用件を口にした。
「ターちゃん、たしか日本皇民党の稲本総裁とは、昵懇だね。そこで、頼みがある。じつは、日本皇民党の運動で、竹下さんが大変困っている。わたしは、ぜひ運動を中止してもらいたいと恩義がある人から頼まれた。稲本総裁にお願いしてもらえないだろうか」
石井は、その2カ月前、所用で上京した三神と同乗して、赤坂に近い紀尾井町あたりを走っていた。そこで、街宣運動中の稲本と出くわした。三神が、車から、稲本に声をかけた。三神と稲本は、白神組にいた稲本が、三神が仕切っていた京都太秦の東映撮影所に出入りしていたころから親しい間柄であった。20年来の知り合いである。
三神は、承諾した。
「会長の依頼とあらば、全力で協力いたします」
