“思想なき情報”にはあまり意味がない

――近年、ビジネスメディアが非常に勢いづいており、『理不尽仕事論』の中でも一章を割いて言及されています。こうした状況について、坂井さんはどう思われますか?

坂井風太さん

坂井 1つの動画を観て、どれだけ吸収したかが本当の成果です。例えば、月に30冊本を読む人と、1冊しか読まなくてもしっかりメモを取って解釈する人とでは、後者の方が血肉化しているわけですよね。量だけでなく、質を考えないとこぼれてしまうものが多い。

 高校生の時に読んだショーペンハウアーの『読書について』という本に、「書物から読みとった他人の思想は、他人の食べ残し、他人の脱ぎ捨てた古着にすぎない」と書かれていました。「嫌なことを言うなぁ」と思ったのですが、でも確かにその通りなんです。大量の情報が流れてくる時代において、自分の“思想なき情報”にはあまり意味がありません。ビジネスYouTubeを観た後に、自分で思考を熟成させる時間を取らないと、情報は右から左に流れていくだけです。

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――私もそうなのですが、流し聞きしている方も多いですよね。何かの作業の途中に心地いいから流しておくけれど、「結局何だったっけ?」となることが往々にしてあります。

坂井 私自身もそれを避けるようにしています。情報と対峙する時は「自分だったらどうだろう」「この人の考えはなぜこうなんだろう」という“構え”がないと危ないですね。読書でも本を置いて考える時間が大事なように、この構えがなくなることを個人的には恐れています。

若い世代に共通する「ネタバレ感」の正体

――私は現在27歳でZ世代ど真ん中なのですが、『理不尽仕事論』を読んでいる中で「ネタバレ感」という言葉に非常に共感しました。「上の世代の今を見て、自分たちの未来もある程度見通せてしまう」というような、一種の諦めを私たちの世代は共通して持っているような気がしています。この感覚は解消できるのでしょうか?

坂井風太さん

坂井 できると思います。ただ構造的な問題として、今は「体験するよりも先に、大量の情報が入ってきてしまう」時代になっています。例えば起業しようとした時に、アイディアや成功事例、「これをやったらうまくいかないよ」という情報がバーッと入ってきてしまう。やってみないと分からないし、事業環境や人によって結果は全く違うのに、体験よりも情報が先回りしてしまうんです。

 でも、本当はネタバレなんてされていないんです。タワマンに住むのは大変だという情報があっても、実際に住んでみたらものすごく楽しいかもしれない。情報はあくまで「客観」ですが、自分の心が動くかどうかは「主観」にすぎません。だから、自分の心だけは絶対にネタバレされていないはずなんです。