直木賞作家、エッセイの名手としても知られる佐藤愛子さんが、4月29日、老衰のため都内の施設で逝去されました。102歳でした。

 葬儀についてはGW中に、自宅でひっそりとおこなわれたといいます。佐藤さんを見送った娘の響子さんと孫の桃子さんに、お二人にとっての「母」「祖母」を語っていただきました。

『週刊文春WOMAN 2026夏号』より、一部を抜粋の上ご紹介します。

ADVERTISEMENT

佐藤愛子さん。

◆ ◆ ◆

出棺はロッド・スチュワート

響子 亡くなる3日前、施設から「血圧がすごく低くなっている」と連絡があり、夫と駆けつけました。「おばあちゃん、私だよ。わかる? 響子だよ」と声をかけると目を開けて、目でうなずいて、すぐに目を閉じました。

 次の日はずっと手を握っていました。以前から母は、「死ぬ時は手を握っていてちょうだいね」と言っていましたから。一度だけ握り返してきたのですが、目を開けることはなく、いったん家に帰ると、翌日の29日午前10時、亡くなったと連絡がありました。

桃子 GWに自宅で葬儀を済ませました。祖母が座って庭を眺めていたところに祭壇を作り、棺は応接間に置いて。出棺の時は祖母の希望通りロッド・スチュワートの「セイリング」をかけました。

響子 母が「ノンノ」の連載で世界各国を回って書いた『娘と私のアホ旅行』の思い出の曲です。出発の前日、私がロッド・スチュワートの来日公演に行って、興奮冷めやらぬまま、「セイリング」ともう1曲をカセットテープに入れて持って行きました。母の取材用のレコーダーでことあるごとにかけていたら、母も気に入って。

桃子 ずいぶん昔だね。

響子 私が大学2年になる春休み。旅行から帰っても「あれかけて」と言って、そのたびに「懐かしいね、インドの水牛が歩いていた埃だらけの道を思い出すよ」なんて言ってました。