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日本三稲荷のひとつ「竹駒神社」
すると、駅からは15分ほどの距離だろうか。少し大きな通りと交わる交差点。
そのさらに南側は、それまで歩道も歩かないかという狭さだった旧道の道幅が一気に広がり、歩きやすい歩道も設けられている。
いったい何が起きているのかと歩を進めると、「竹駒神社」と書かれた案内看板が目に留まる。
その案内に従って右に曲がると、その先に真っ赤な鳥居が見えてきた。なんでも、日本三稲荷のひとつに数えられているという竹駒神社の大鳥居である。
竹駒神社の歴史はたいそう古く、創建はなんと平安時代初期の842年だ。歌人としても名高い小野篁が陸奥守として東北に赴任した折に創建したという。降って江戸時代には仙台藩主の伊達氏からも手厚く保護されてきた。
いまでも相当に広い境内を持ち、初詣などではかなりの参拝客を集めている。宮城県を代表する神社のひとつ、というわけだ。
しかし、いくら岩沼が奥州街道の宿場だったとはいえ、これほどの立派な神社が守られてきたというのはどうしたことか。
その答えは、岩沼という町の地理的条件にも大きく関わっているようだ。というのも、仙台平野の南の端にある岩沼は、陸奥・仙台を訪れるときに避けて通れない要衝の地だったのである。




