昭和29年(1954年)、誰でも出入り可能だった「男女共用」の小学校のトイレで、7歳の女児が暴行され殺害されるという凄惨な事件が起きた。
内側から鍵の閉まった個室で、変わり果てた姿となって発見された娘を前に、母親は半狂乱となって泣き崩れた。
遺留品や目撃証言からまもなく逮捕されたのは、戦後の闇を象徴する「ある薬物」に蝕まれた20歳の男。
家庭環境の崩壊から転落していった男の身勝手すぎる凶行と、当時の日本社会が抱えていた深い歪みとは。
そして、このあまりにも痛ましい悲劇は、いかにして「学校のトイレを男女別にする」という現代のルールを作り上げたのか。鉄人社の文庫新刊『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』よりお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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娘は死亡、母親は半狂乱に⋯
母親は半狂乱となり、何度も娘の名前を呼ぶも反応なし。鏡子ちゃんの死は搬送先の病院で正式に確認された。
強姦殺人事件として捜査を開始した警察は、ほどなく有力な手がかりを掴む。トイレの配管から犯人の持ち物と思しき「S・S」のイニシャルが入ったハンカチを発見。
