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犯人が愛用していた「ある薬物」
父親は再婚したが、継母になじむことはなく、やがて当時流行していたヒロポンに手を出し、中毒者(通称「ポン中」)となってしまう。ヒロポンとは、現在では使用・所持すれば厳罰処分を受ける覚醒剤の一種だ。
ただ、戦時中、日本では兵士の士気向上や暗視能力の向上のために使われ、一般人も勤労や工場の能率向上のために強壮剤感覚で常用。
戦後、軍が保有していた大量のヒロポン注射剤が市場に出回った。扱いはタバコや酒などの嗜好品と同等で、酒よりも安く気軽に入手できたため、芸能界を始め、娼婦や戦争孤児の非行少年の間で流行。
そのうち、ヒロポン欲しさに犯罪に手を染める青少年が増えていき、1950年に警察に補導された者は1万5千人以上、翌年には倍の3万人以上が中毒になっていたとされる。
こうした状況を鑑みて、1951年7月30日に覚醒剤取締法案が施行されたものの、ポン中による犯罪は後は絶たず、警察がその対応に苦慮していたころに起きたのが鏡子ちゃん殺害事件だった。
1954年、静岡県のサナトリウムで結核の治療を受けていた坂巻は、ポン中の影響で問題ばかり起こしていた。同年4月19日朝、サナトリウムを無断で抜け出して東京に戻り、金を借りる目的で後に情報提供者となった友人宅に向かう。