だからここから先、しばらくは廃線跡を探す手間もなく、遊歩道を歩いていけばいいだけだ。田んぼの中よりもいくぶんは涼しいが、それでも日陰の少ない土手道さんぽ。35℃を超えるような季節にすることではないのかもしれない。

 汗だくになって20分ほど歩いてゆくと、それまでのただの遊歩道から、道沿いにたくさんの木々が植えられた緑のトンネルのような道に入ってゆく。「角兵衛獅子の里遊歩道」という案内板が掲げられていて、入口の地面を見るとレールのようなものが埋め込まれていた。ザ・廃線跡。現役時代、ここには六分という駅があったという。

 木立の中だから、ここからは日差しもなくてかなり涼しくなるのでは。……と思ったが、今度は耳に響く蝉の声。

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 と、息も絶え絶えに進む。右手には中ノ口川の土手、左手には川と廃線跡に並行して細長い町が続いている。町の向こうはもう田園地帯だ。川湊のような集落だったのだろうか。

遊歩道になっていた廃線跡
まるで緑のトンネル

“かぼちゃ電車”があった

 ほどなくすると、遊歩道沿いの木々がパッと途切れ、目の前にレールとホーム、そしてレールに載った車両が見えてきた。月潟という駅があった場所である。

 駅舎やホームが現役当時そのままに保存されていて、実際に活躍していた電車も展示されている。緑と黄色のツートンカラー、通称“かぼちゃ電車”だ。黒くてでっかい車両は、国鉄から購入したという雪かき車。真夏に歩いていると実感しにくいが、このあたりは豪雪地帯。いまは亡きローカル線も、毎冬には雪との戦いが常だった。

月潟駅に着いた。黒い雪かき車と“かぼちゃ電車”があった
存在感のある雪かき車。国鉄から購入したものだという

 新潟交通電車線が廃止されたのは、1999年4月のことだ。このとき廃止されたのは、東関屋~月潟間。それより前の1992年には白山前~東関屋間、1993年には月潟~燕間が廃止されていた。だから、ここ月潟駅は新潟交通電車線最後の6年間の“終着駅”だったのである。消えゆくローカル私鉄のシンボルのような駅だったのだろう。

月潟駅。1999年に廃線になるまで6年間、終着駅だった
緑と黄色のツートンカラー

駅の痕跡は“古いまくらぎ”のみ…

 月潟駅から先も、土手道沿いの遊歩道になった廃線跡はまだまだ続く。