さすがにこのあたりで歩き続けるのもキツくなってきたので、近くの図書館前から出ているバスに乗る。降りるのは、次なる主要駅・白根駅のすぐ近くだ。

 廃線跡から少し西に離れた県道を走るバスを、白根口というバス停で降りて歩いて5分ほど。ちょうど小さな公園のように整備されている土手沿いの一角が、新潟交通電車線白根駅の跡だという。が、公園になっているのに、ここに駅があったことを示すような何かはまるで存在しない。強いて言うなら、土手に登る階段に古いまくらぎが使われていることくらいだ。

この辺りに白根駅があった。階段にまくらぎが使われている

 そして川の向こうには、旧白根市、現在の新潟市南区の中心市街地が広がっている。イオンの看板もちらりと見える。国道8号は中ノ口川と信濃川の間をまっすぐに通っている。きっと、国道沿いにはチェーン店が並んでいるに違いない。

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 一方で、廃線跡が通っているこちら側はコンビニもないような昔ながらの集落が続く。小さな集落と田園地帯、その真ん中を駆け抜ける新幹線。

昔ながらの集落をいく廃線跡①
昔ながらの集落をいく廃線跡②

なぜ27年前に“消えた”のか?

 新潟交通電車線が並行している中ノ口川は、かつて舟運で栄えた大動脈だった。明治時代には川蒸気、つまり蒸気船が行き交っていたという。信越本線という鉄道の大動脈は信濃川の東の山沿いをゆく。だから、燕や月潟、白根といった中ノ口川沿いの町々は鉄道の恩恵に与かれなかった。それでも、汽船があったから充分だったのだろう。大正時代には、川沿いに20万人もの人が暮らしていたという。

赤い線が新潟交通電車線(1999年に全線廃線)。燕駅~新潟市内の白山前駅を結んでいた。上越新幹線は1982年に開業した

 ところが1922年、上流側に大河津分水路ができると事情が変わる。中ノ口川に流れる水の量が減り、汽船の航行ができなくなってしまったのだ。中ノ口川沿いの町は大いに困る。そこで鉄道建設の機運が高まり、1933年にのちの新潟交通電車線、新潟電鉄が開業したのである。