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「現在価値で6000万円」巨額の潜伏資金
「ご自身の体験談もふくめ、地下に潜るさいの注意事項をいくつかと、これは中央で大臣や高松宮様のご承認を得て実行されていることだからと伝えられ、当座の潜伏資金として2万円(大卒初任給ベースで換算すると現在の約6000万円)を渡されました。次の指示については、12月12日12時、山口県の正明市(現・長門市)駅で伝える、というだけで、潜行の目的など、それ以上の具体的な指示はいっさい受けていません」
湯野川は、青木大佐のアドバイスで、原爆の爆心地に近い広島市田中町十四番地を本籍地と定め、「海軍一等整備兵曹吉村実」の名で七二三空の復員証明書の交付を受けて潜行生活に入った。同時に、湯野川大尉は小松基地を飛び立ったまま行方不明、自決したこととされ、その存在が抹消された。
湯野川は潜伏先を決めるにあたって、自分を知る者の誰もいない山陰地方をあちこち回り、島根県温泉津町(現・大田市)役場の土木部技手の仕事につく。
そして、12月12日12時、打ち合わせにしたがって、青木大佐、中島中佐らと正明市駅待合室で落ち合った湯野川は、その夜、任務の解除を伝達された。
潜行の目的や、予定されていたはずの任務の内容については最後まで明かされずじまいであった。受け取った2万円には手をつけていなかったので、青木大佐に返却した。


