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捜査線に浮上した「不審な男」
またUは1人目の被害者、十三子さんが失踪した当時、彼女の母親が勤務するクラブにたびたび出入りしており、後に母親が佐賀市内でクラブを経営し始めると、その店にも何度か顔を見せていた。
こうした状況から警察は両事件にUが関与している可能性が高いとみて、1980年9月8日、別件の婦女暴行容疑で逮捕。同時に家宅捜索を実施し、律子さんの父親に送られた脅迫状と同じ便箋を発見、筆跡鑑定の結果、Uが書く文字と一致したため、ますます疑惑を深める。が、Uは直接の逮捕容疑は認めたものの、殺人事件との関与は頑なに否定した。
律子さんが行方不明になった4月12日のアリバイについても「佐賀市内のバーで23時ごろまで飲んでおり、朝方帰宅した」と説明。肝心の律子さんの失踪時刻と推定される23時半ごろのアリバイは明確ではなかったものの、以降の取り調べで、Uと事件を結びつける確たる証拠が出ず、それ以上の追及は打ち切られることになる。
1年後の1981年10月7日(水曜)、北方町の縫製工場の工員として働く池上千鶴子さん(当時27歳)が17時半に退社したまま行方がわからなくなった。
最後に目撃されたのは仕事帰りに寄ったと思われるスーパーの駐車場で、職場の同僚が「赤茶色の乗用車に乗った30代と思われる男と親しげに立ち話をしている姿を見た」と証言している。
夫が白石署に捜索願を出し、警察が捜索を続けているなか、2週間後の21日14時20分ごろ、職場から約40キロ離れた三養基郡中原町(現・みやき町)の空き地で首に電気コードを4重に巻かれて死んでいる千鶴子さんを発見。