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さらなる事件
年が明け元号が平成に変わって間もない1989年1月25日(水曜)、北方町に住む吉野タツ代さん(当時37歳)が姿を消す。
彼女は農業を営む夫と1年前から別居しており、当時は同町にある実家に戻り、両親、小学4年生の長男の4人で暮らしていた。
この日、吉野さんは同町にある勤務先の縫製工場を18時55分に退社し、19時15分に帰宅した。が、その5分後に彼女宛てに電話がかかってきて「友達を山内町まで送ってくる」と言い残し、19時40分ごろに車(ダイハツ・ミラ)で家を出る。
電話に出た際、「今、どけおっと?(今どこにいるの?)」と話していたことから、母親は電話の相手が知り合いだろうと特に気に留めなかったが、娘が帰宅することは二度となかった。
その後、吉野さんの車はロックされた状態で、自宅から約3キロ離れた武雄市のボウリング場の駐車場で発見される。失踪当日の夜、駐車場で彼女を見かけたというOLの証言によれば、白のトヨタ・クレスタがやって来て吉野さんを助手席に乗せ走り去ったそうだ。
吉野さん失踪から2日後の1月27日18時前、夫の運転で北方町志久大峠の山林近くをドライブしていた女性が、車を停めるよう頼んだ。仏壇に供えるのにちょうど良い花を見つけたからだ。車を降りた女性は花の枝を拾ったついでに道沿いに咲く他の花を摘む。
そのとき、崖下に何か白いものがあるのが目に入った。崖を降りその白いものに3メートルまで近づいたとき、ようやく気づいた。死体だった。