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被害者女性の夫にかかってきた「奇妙な電話」
2人目は1年5ヶ月後の1988年12月7日(水曜)に行方不明となった、杵島郡北方町在住の中島清美さん(当時50歳)。
彼女は自営業の夫との間に3人の娘がいる普通の主婦で、近所の主婦たちと5人制バレーボールのチームに所属していたが、この日、バレーの練習があるからと家族に言い残して外出したまま失踪する。
その1週間後、彼女の自宅に中年男性の声で電話がかかってきた。すでに警察には連絡済みで、録音装置を設置していた大町署の捜査員の前で、夫が受話器を取る。
「もしもし、中島です」
「奥さん、見つかったそうですね」
「えっ?」
「よかったですね」
「いったい、どこで見つかったんですか」
「焼米のほうでしょう」
「……あなたはどちらさまですか」
「あんたの知った人間だ」
ここで電話は切れたが、男性の声には佐賀弁の中に関西弁が交じっており、夫は「聞いたことがあるような、ないような声」だったという。
「焼米」という言葉は後に遺体が発見される北方町志久大峠近くにある地名の通称で、使うのは地元の人ぐらいしかいない。そのため、警察は北方町出身で、関西方面で暮らした経験のある男が電話をかけてきたと睨む。ただし、この電話が犯人からのものか、単なるいたずらかはわからなかった。