15時10分ごろ、白い車の男は再び北茂安町に現れ、下校中の北茂安中学校の女子生徒2人にしつこく話しかけ、15時半ごろには小学2年の女児3人に「家まで送るから乗らんね」と声をかけている。N子さんが行方不明になるのは、その50分後のことだ。

警察は男の似顔絵を公開

 2月20日、警察は男の似顔絵を新聞に公開。情報提供を求めたが、身元特定に繋がるようなものは寄せられず、この男がN子さんを殺害したのか、千鶴子さん殺害犯と同一人物だったのかはわからず仕舞いだった(前出4人の殺害事件は、それぞれ発生から15年が経過した日に公訴時効が成立)。

警察が公開した男の似顔絵(本書籍書影)

 それから5年が経過した1987年から1989年にかけ、立て続けに3件の失踪事件が発生する。

ADVERTISEMENT

 1人目は1987年7月8日(水曜)に姿を消した藤瀬澄子さん(当時48歳)。彼女は病気で自宅療養中の夫に代わり家計を支えるため、武雄市内の自宅から歩いて5分ほどの料亭で仲居として働いており、この日は仕事が早く終わったため、21時過ぎに、同僚女性2人と武雄温泉街にあるカラオケスナックに足を運んだ。

 1時間ほどで店を出た後、彼女は「知っている人がよく来る店があるから、もう一軒行こう」と誘ったものの、同僚女性が電車の時間があるからと断ったため、22時過ぎに解散。

 その後、深夜0時過ぎになっても帰宅しない妻を心配した夫が、(実家を出ていた)長女や長男、同じ料亭で働く藤瀬さんの実姉や、一緒にスナックに出かけた同僚に電話で問い合わせたものの、誰も行方を知らない。自宅から解散場所までの約1キロを捜してもみたが、やはりどこにもいない。夫はその足で警察に捜索願を提出する。