ハリー・ウィンストンの似合う優雅な専業主婦と、カジュアルなアラフィフライター。10年間にわたり家族ぐるみで付き合った「大切な友達」だったが、ある夏の日、そっけないLINEを機に関係は突如破綻する。

 悲嘆と混乱のなか「自分はおかしいのか」と苦しみ、占いやスピリチュアルにすがる日々。やがて著者は、さまざまな人々の「友達との離別」を取材し始める――。

 大人たちの切ない離別と、そこから見えてきたものとは? フリーライターの山野井春絵さんの著書『友達になって後悔してる』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目)

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写真はイメージ ©AFLO

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何が原因だったのか

 関係の終焉は、子どもたちが小学校高学年になったころ。何が原因だったかは、いまだにわからない。何か大きな出来事があったわけではない、と思う。

 いや、実はいくつか思い当たる節はある。おそらくは複合的な理由で、私に対する「イヤだな」という感覚が彼女の中で塵のように積み重なった挙句、いよいよ溢れて「この人との付き合いは不要」という結論に達したのだと推察する。が、まあ確かめるすべはない。

 最後にLINEでやり取りした後は音信不通、インスタグラムのアカウントも削除されて、彼女が新しく開設した鍵つきのアカウントは、共通の友達の間では私にだけ知らされなかった。

 返事がないこと、それこそが返事。これが大人の関係における終焉の特徴だ。何々が嫌だからあなたと離れる、そんなことすら、もはや“伝える必要がない”という心理。

 彼女が私を嫌った明確な理由はわからないが、切り捨てにいたる感情のプロセスは、よく理解できる。なぜなら私だって同じように誰かとの関係をこちらから終わらせたことがあるからである。