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会社によっては、早く終わる工事でも与えられた時間を目いっぱい使ってやるところもありましたが、佐藤ダクトの場合は決められた作業が15時に終わったら、すぐに片づけをして撤収しました。もちろん、仕事で手を抜くことはありません。
だらだらと時間をかけてやるよりも、決められたことを全力でやり遂げる方が、効率も出来栄えも良くなることがわかっていたからです。
しかし、会社の業績が良かったのは、最初の数年でした。バブルがはじけたことによって、新規の案件がどんどん減っていきました。
また現場でも経費を削減するために、大工さんがダクト工を兼ねるようなケースも増えてきました。その結果、工事単価は半減し、売上は減少。ついには会社を存続させるために、借金を重ねるような状況になってしまったのです。
再び極道の世界へ
必死でがんばりましたが、結局、会社は倒産しました。
僕は仕事を失い、妻がホステスをして生活を支えるようになります。
借金返済のために、娘の学資保険を解約したり、習いごとの英語塾やピアノ教室、バレエ教室などを辞めさせましたが、まったく足りませんでした。
途方に暮れていたそんなとき、お世話になっていた貸元(僕らの間では、組織の組長のことをそう呼びました)の訃報に接しました。
