願ってもない提案だと夫は喜び、すぐに自宅でパンを数種類作ると、房枝さんに持って行きました。房枝さんはそのパンをとても気に入って、さっそくカフェのキッチンで作らせてもらえることになりました。
夫は、翌日が休みの日には、仕事を終えるとすぐに房枝さんのカフェのキッチンへ行き、深夜まで自分のパンを仕込むようになりました。そのうち、睡眠不足が続くことを心配した私は、早朝、両親に娘を預けてカフェへ向かい、夫とバトンタッチをしてパンを焼き上げるようになったのです。並行して私の実家の一部を改築し、菓子製造業の許可申請を出しました。
数ヶ月の間そんな生活を続けているうちに保健所から許可が下り、私と夫は自分たちの小さなアトリエで週に一度のパン作りをはじめました。夫が仕込んだ生地を私が焼き上げ、娘と一緒に、当時乗っていたピンク色のラパン(軽自動車)でカフェに配達しました。
房枝さんは「ラパンのパン」と命名して、ポップを作り、レジのそばに棚を置いて、しっかりしたコーナーを作ってくれました。私が配達すると、カフェのお客さんが「ラパンさんがきた」と喜んでくれたものです。
やがて、カフェのお客さんだったオーガニックマーケットのオーナーの目に止まり、そこでも扱ってくれることになったのです。夫はますます張り切って、休みを返上し、国産小麦と天然酵母のパンの開発に夢中になりました。
彼女が見せた「怪訝な表情」
房枝さんのカフェオープンは11時。5キロほど離れた場所にあるオーガニックマーケットのオープンは9時です。そのため、私は先にオーガニックマーケットへパンを納品してから、房枝さんのカフェに向かうというのが、週一のルーティーンになりました。房枝さんのところにパンを置いたら、そのままモーニングコーヒーをいただいて、房枝さんとおしゃべりをする、そんな時間が、私にとっては楽しい息抜きでした。
そんなある日、房枝さんが怪訝な表情で言ったのです。