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僕のためのお経が始まりました。
僕は信心深い方ではありません。それまでの無軌道な生活を考えると、神を恐れないという言葉の方がぴったりくると思います。
でも、ご住職のご祈祷が始まり、太鼓の音が身体の中に響き渡った瞬間、不思議な感覚がありました。心がだんだん穏やかになっていき、あらゆる煩悩が消えていくのです。
そして、僕は初めて自分と向き合うことができました。
覚せい剤を打っても楽にならない
僕は体の痛みをなくすために、覚せい剤を打っていると思っていました。痛みがなくなれば楽になり、すべてがうまくいくのだと……。
でも、それは大きな間違いでした。
僕の痛みは、僕がしてきたことの積み重ねです。
ボルトを入れた右足が痛むのは、過去に起こした事故のせい。
顔や首、体中が痛むのは、自殺未遂のせい。
心が痛むのは、妻や母など、大切な家族をなくしたせい。
夜、眠れないのは覚せい剤や睡眠薬を乱用したせい。
僕はそれらの痛みと向き合うことを恐れ、覚せい剤を使うことで逃げてきたのです。
でも、それでは何も変わらないことに気が付きました。