怒涛の中受は終わったものの…

 12月に入ってようやくエンジンがかかった娘は猛烈に勉強して、秋よりは多少偏差値が上向きになったものの、第1志望校にはとても届かない状態で、年が明けました。

 私は連日、受験スケジュール表と睨めっこ。第1志望は記念チャレンジをするとして、第2、第3志望校としては、安全を期して予定よりもレベルを下げた学校を選び、スケジュールを何度も作り直しました。

「絶対に全落ちだけは避ける」というミッションを胸に、当初は想定外だった学校を第4、第5志望に組み入れて、セーフティーネットを広げました。

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 2月1日(東京・神奈川の入試解禁日)からの数日間、それは、想像していた以上に厳しいものでした。初日からつまずき、その後もなかなか合格がつかめなかった娘は、連日、午前・午後の受験を繰り返し、最終的に合格したのは、第4志望の1校のみ。

 結果を受けて、「ま、いっか。全落ちしなくてよかった~」と、娘はサバサバしたものでした。しかし私は「奇跡よ起これ、せめて第3志望校に」という思いを捨て切れず、繰り上げ合格の連絡を待って毎日スマホを握りしめていました。登録のない番号から電話がかかってくるたびに、心臓が飛び出るほど緊張しました。しかし、意中の学校からかかってくることは、ありませんでした。

 毎年、繰り上げ合格の連絡が一段落するころ、塾への報告会が行われます。児童と保護者が菓子折などを持って、進学先を報告がてら、講師の方々にお礼を伝えるのです。

 その日、塾で会った芳子さんは、とても晴れやかな顔をしていました。娘さんは第1志望校だけでなく、最高レベルのチャレンジ校にも合格、全戦全勝していたのです。